悲しい現状を目の当たりにした時
平和な世界で生きてきた人は・・・何を思うのでしょう?
キミのタメ
放送が流れてから、周りの空気が一変する。
さきほどより慌しくなり、張り詰めたような重い雰囲気。
そんな中で私は戦いが始まるのだと、実感し始めていた。
「もたもたするなっ!とっとと持ち場につきやがれ!!!」
そして宍戸さんの大きな怒鳴り声が響き渡ると、周りに居た人たちが一斉に動き始めた。
私はどうしたらいいの?と、横に居る壇君に目で問いかける。
すると壇君は「移動の邪魔にならないように、とにかく場所を移しましょう」と
何とか聞こえるくらいの小さな声で言った。
確かに・・・今私がここで立ち止まっていると邪魔かもしれない・・・。
そう思った私は壇君と一緒に、とりあえずその場を離れた。
人気の少ない廊下へ出た時、誰かと肩がぶつかった。
「ッ!」
少し急いでいたので結構な衝撃がくる。私はそのせいでよろめき、壁にぶつかってしまった。
そして痛みを我慢しながら、キッと相手を睨む。
すると相手の人は、ぶつかった事にやっと気付いたといった表情で私を見た。
ぶつかった人は少し長めな黒髪の眼鏡兄さん。
これまた格好良い人で、私は睨んでいた目をさっと元に戻した。
「ああ・・・すまんな。ぶつかってしもた」
「あ、っと・・・いえ。こちらこそ」
低い声でそれだけ言うと、その人はあっという間に何処かへ消えてしまった。
謝ってくれたけれど・・・とても冷たく見下すような目をした人だった。
「大丈夫ですか、さん!」
「ああ、壇君。うん。大丈夫だよ」
私より前を走っていたせいで、今までの事に今気付いたらしい壇君が走ってくる。
私は肩を軽く払うと、さっきの人が消えていった方向に視線を移した。
「さっきの人・・・忍足さんですよね?どうしたですか?」
「え?」
私の視線に気付いたのか、壇君が少し苦い顔をして私を見上げる。
あの人、忍足さんていうんだ・・・なんて思いながら
私は少しだけ戸惑いながらも、笑って答える。
「あ、えっと・・・ちょっと肩がぶつかっちゃって!ごめんね!早く行こう!」
「そうですか。・・・あのさん」
「ん?」
「あんまり・・・あの人に近づかない方が良いですよ」
「え・・・」
私は一瞬、自分の耳を疑った。
まさか壇君が、そんな事を言うとは思ってなかったからだ。
個人的に壇君があの人を嫌いなのか、あの人がそんなに危険な人なのかは分からないけれど
私はとりあえず理由を聞いてみることにした。
「ど、どうして・・・?」
「・・・僕が個人的に苦手なのもありますけど・・・
謎が多いし、残忍だし・・・とにかく危険なんです!」
どうやら二つともに当てはまっている模様。確かにそれなら、壇君でもそれくらいは言うかも知れない・・・。
っていうか・・・残忍って言葉なら、他の人にも当てはまってると思うんだけど・・・。
でも、その言葉は言うのを堪えて、私は眉間に皺を寄せている壇君と目を合わせた。
「そう・・・なんだ。それじゃあ、行こう!雑用係の皆が集まってるみたいだし・・・!」
「・・・そうですね」
壇君の怒ったような表情が、私の脳裏に焼きつく。
何があったのかは分からないけれど・・・壇君は忍足さんに個人的な恨みを持ってるんだろう・・・。
どんなことかは気になったけれど、この残酷な世界に来て数日しか経っていない私が
ずっとこの世界で暮らしてきた壇君の話を聞いて、何が理解出来ようか。
そう思って、私は追求する事は止めた。
そして私達は雑用係が収集されている部屋に入ると、空いていた席に座り
なんとか不安を沈めようと、息をついて上を見上げる。
―バンッ
その時だった。ほんの微かに銃声のようなものが聞える。
本当に小さな小さな音だったけれど、確かに聞こえた。
「始まったな・・・」
その部屋に居た雑用係の誰かが、そう呟いた。
私の心臓はドクリと脈を打つ。不安と緊張が更に高まった。
いつかの壇君の話が自然と頭に浮かんできて、気付けば私の手は微かに震えていた。
どうかその時がきませんように!と
私は手を組んで、静かに祈った。
***
数時間後、突然放送がかかり男の人の低い声が流れる。
「物資の補給だ!全員倉庫に集まれ!!!」
きたっ!
祈りも虚しく、ついに私の恐れていた事がやってきてしまった。
何人かの雑用係の人も不安を隠しきれていないようで、そんな表情を見て私は余計不安にかられた。
壇君の方をちらっと見てみると、私より落ち着いていて
すごいなぁ、と感心してしまった。
倉庫に着いた私達を待っていたのは、隅っこで椅子に座っている
金髪でくせっけのある男の子。心なしか・・・少し眠そうだ。
「あー。きたねー。それじゃ、今から行く所を言うからちゃんと聞いてて〜。
えっと・・・山吹の山田君・壇君・鈴木君はA-3地点ね〜。次、氷帝の〜・・・」
眠そうな声で次々と用件を話していくその男の子は
時々、私の方を見ているような気がした。(気のせいかな・・・?)
そして一通り言い終わると、「それじゃ、行ってらっしゃぁ〜い」とまた眠そうな声で言った。
皆はそれぞれの荷物を持って、あっという間にその場から居なくなる。勿論、壇君も・・・。
って・・・ん?私は・・・?
「あ、あの〜」
私は何処に行けばいいんですか?そう聞こうと口を開いた時だった。
「でぇ・・・残った君が、 ちゃんだね?」
「え、は、はい」
「ちょっとこっちに来てくれる?」
眠そうな声でそう言われ、軽く手招きされる。
どうして私の名前を知ってるだろうと疑問に思い
少し戸惑ったけれど、この人もこの世界の人だ。断ったら何をされるか分からない。
そう思い、私はゆっくりとその人の前まで移動した。
するとその人は、椅子に座ったまま、眠そうな目で私を見上げる。
「俺は芥川 慈郎。物資の補給や調達なんかの・・・まぁ、リーダーみたいなのやってる。ちなみに氷帝ね」
喋り方や表情を見る限りでは、どうやら悪い人ではなさそう・・・。
少しだけ気を緩めた私は、遮られた質問をもう一度口にした。
「あの・・・それで、私は何処に行けばいいんですか?」
「まぁ、そんなに焦らないでよ。仕事はちゃんとあるから。少し俺と話そ?」
別に焦ってはないんだけど・・・。そう思ったけど言わなかった。
眠そうにやんわりと笑う目の前の人は、どこか冷めた目をしていた。
「いい・・・ですけど」
「じゃあさ、君、このお仕事するの・・・怖い?」
「・・・」
怖いに決まってるじゃない!そう叫びたいのをぐっと堪え、私は首を縦にふった。
すると芥川さんは、やっぱりとでも言いたそうな顔で私を見上げる。
「だよねぇ〜。やっぱり怖いよね。それじゃあ・・・
俺達はこういう仕事するのに、恐怖を感じてると思う?」
「えっ・・・」
少し意表をついたような質問に、私は戸惑ってしまった。
そして正直に言うと、感じていない気がする。
感じているなら戦争なんて止めれば良いし、殺さなきゃいい。
でも、この人達も人間。やっぱりどこかで怖いと思っているのかも知れないと思うと
なかなか返事が出来なかった。
しばらく黙っていると、芥川さんは眠そうな目のまま、口を開いた。
「どちらとも言い難い・・・って顔してるね〜。でもね。俺達だって人間なんだ。
怖いって思う時だってあるよ?」
「・・・だったら、どうしてこんな事するの?」
何故だろう。少しずつ怒りに似た感情が込み上げてくる。
怖い、そう感じるんだったら、戦争なんて止めてしまえばいい。
無意味に人が死んで、苦しんで・・・一体、何が変わるっていうの?
私は少し睨むような目で芥川さんを見た。
すると芥川さんは、少し馬鹿にするようにフッと笑った。
「どうして・・・?そんなの、戦争を終わらせるために決まってるでしょ?」
「戦争を終わらせるために戦争してるの・・・?」
「そうだよ」
そんなのおかしい。矛盾してる。
そう思うと急に怒りが爆発するような感覚に襲われた。
自然に手に力が入り、今すぐに叫びたい衝動にかられる。
「じゃあ、いつ終わるの?戦争が終わって、勝ち負けがついたからってそれで全部終わるの?
負けたところがまた反乱を起こすに決まってるじゃない・・・!そんなんじゃ、一生終わらないよッ!」
だんだんと口調が強くなっていくのが自分でも分かる。
きっと今の私の顔は怒りに満ち溢れているんだろう。
すると、芥川さんの目が真剣なものに変わる。
「分かったような口をきくんだね。俺、あんまりそういうの好きじゃないなぁ」
「ッ・・・!」
言われた瞬間、体中に衝撃が走る。目の前に居る人が、だんだん怖くなってきた。
「さっきもいったけど・・・俺達だって怖いんだ。好きでやってるんじゃないよ。
それにね・・・皆、心の内では分かってるんだ。戦争は終わらないってね」
「だ、だったら・・・」
「話し合いで決めろ、とでも言いたいの?この状況の中で?冗談でしょ?殺されるに決まってるじゃん」
さっきとは違う、低くて冷たい声。まるで別人のようだった。
芥川さんは椅子から立ち上がると、ゆっくりと私の前まで歩みよってくる。
私は恐怖を感じ、後ずさった。
そんな様子の私を見て、芥川さんの表情が元に戻った。
「ま、君にこんな話しても仕方ないよねぇ〜」
「え・・・」
眠そうな声に戻った芥川さんは、怯える私を見てそう言った。
そしてすぐ近くにあった荷物を拾うと私の方に差し出してきた。
「これ、君の運ぶ分ね。君はC-1地点。結構近くだから、死ぬことはないっしょ」
「え、あ・・・の・・・」
「あ、そっかぁ。君、C-1地点とか分からないよね。それじゃあ・・・地図あげるねぇ〜」
そういって芥川さんはポケットから小さな地図を取り出す。
そしてそれらを少し無理やりに私に押し付けると、倉庫の左の方を指で差した。
「戦場への入り口はあっち。そっからは・・その地図見れば分かると思うよ〜」
「あ、ありがとう、ございます・・・」
「うん。それじゃあ、いってらっしゃ〜い」
ひらひらと手を振る芥川さんに背を向けて、私は倉庫の左側にある大きな扉の前へとやってきた。
さっきの芥川さんの豹変ぶりには、正直驚かされたし
流れであっという間に戦場に出るとこまで来ちゃったけど・・・ここまで来たら覚悟を決めるしかない。
私は右側の扉を力一杯押す。するとギギッという音を立てて、ゆっくりと扉が開いた。
そして、扉の向こうの景色を見た時、わたしは目を丸くした。
「な・・・に、コレ・・・」
遠くに広がる赤い血の海。そしてポツポツと見える赤く染まった人の死骸。
まだここは城に近いせいでそんなことは無いが、城から離れた所では確実に殺し合いが繰り広げられていた。
そんな景色に恐れを抱き、一歩後ずさった。
その時
ドンッ!
「もう少し、この世界の現状を見てくるといいよ。
バイバイ、ちゃん」
「えっ!ちょっ・・!!!」
誰かに強い力で押され、はずみで扉の外に出た私。
さっと振り返ると、閉まりかけている扉の隙間から、芥川さんが不気味に微笑んでいた。
そして私が唖然としている間に、大きな扉は閉ざされてしまった。
何・・・今の?芥川さん・・・?ってか、「バイバイ」って・・・縁起でもない!
まるで私がもう二度と帰ってこないかのような言い方だ。って、それより・・・!
「どうしよ・・・行く・・しかないよね?」
手に持っている荷物と地図を見ながら、私はまだ覚悟を決められずにいた。
目の前はすぐ戦場。そこの岩場から敵が出てくるかもしれないし、移動してる途中に撃たれるかもしれない。
ましてや私はド素人。避けれるわけがない。
でも、行って荷物を渡してこない限り、どうせ城の中には入れてもらえないだろう。
無意識の内に小さく震えてしまっている手を、ぎゅっと握りしめ
私は中途半端な気持ちで、C-1地点へと歩きだした。
「えっと・・・ここがB-2地点だから・・・」
地図を見ながら、のそのそ進むこと20分。
やっとC-1地点の近くまできた私は、ちょっとだけ気が緩んでいた。
結局、途中に敵に見つかることもなかったし、道端に死体があるなんてこともなかった。(城の近くだし)
緊張しながら歩いていたせいで、ちょっとだけ疲れた私は
人目につかなさそうな岩に、そっと腰掛けた。
「あーっ!なんだぁ、敵なんか居ないじゃん。ちょっと緊張しすぎたかな?」
「そうやって呑気にしてる奴が、間抜けにも死んでいくんだよ」
「だッ・・!誰が間抜けです・・・って?」
あ、あれ?今の声・・・誰?
近くには私しか居ないはずなのに・・・。そう思った私は、恐る恐る岩の反対側を覗いてみる。
するとそこには、茶色の髪のクールそうな男の子が私と同じように腰掛けていた。
何度こう思ったのか分からないけど、本当にこの世界には格好良い人が多い。
この男の子も例外ではなかった。
「あ、あのー。あなたは・・・氷帝か山吹の人ですよ・・・ね?」
私を攻撃してこないという事は、多分そういう事なんだろうけど
一応確認しておかないと・・・。
「違う・・・と言ったら?」
「ッー!」
その言葉を聴いた瞬間、私の脳内は「殺される」という考えで埋めつくされた。
そして立ち上がって逃げようとした時、不意に腕を掴まれ、頭に何か硬い物があたる。
前にも似たような経験のある私は、自分の頭に銃がつきつけられている事を一瞬の内に理解した。
ヤバイ。殺される・・・!
「・・・フンッ。その反応を見る限り、お前は雑用係だな。鈍いにもほどがある」
私を鼻で笑った後、彼はさっと銃をしまった。そして私はあっという間にその場にしゃがみこむ。
馬鹿にされたとか、相手が敵じゃなかったとか、そういう事を理解する余裕がなかった。
恐怖と安心が混ざり合って、なんとも言えず、目の前の彼の顔が曇ってみえた。
ああ・・・私は生かされたんだ・・・。
もし、この人が引き金を引いていたら、私は死んでたんだ。
「安心しろ。俺は氷帝の日吉 若。どちらかと言えば、お前の味方だ」
とっとと荷物運べよ、そう言い残して
彼はどこかへと行ってしまった。
取り残された私の頭に浮かびあがってきたのは、芥川さんの言葉。
「分かったような口をきくんだね」
「バイバイ、ちゃん」
私は分かってなかったんだ。分かった気になってたんだ。
私の考えは本当に甘すぎて、もしあの人が敵だったら
私はあっけなくこの世から消されてたんだ。
馬鹿だ・・。本当に馬鹿だ・・・・・・。
気付けば私の目からは
次々と涙が溢れだしていた。
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あとがき
無駄に長くてすみません!ついでに立海と不動峰も出せず仕舞いで・・・(汗
次は絶対、登場させます!!!